41℃の浄罪

マクベス効果」という言葉を知った。人が恥ずかしい思い出や反道徳的な行為を考えた時に「洗う」という行動を連想する物や言葉を選びやすくなる現象を指す心理学用語だ。

名はシェイクスピアの悲劇『マクベス』に登場するマクベス夫人が、夫に王殺しを唆して手伝ったが気を病んで手を洗う仕草を繰り返すようになる、という描写に由来している。

確かに、悪事をやめる事を「足を洗う」と言ったり、キリスト教の儀礼では体を水に浸す・頭から水を掛ける等で罪が赦される「洗礼」が存在する。また、神道でも禊と称して神事の前に滝や川で洗い清める。違う宗教で同じ意図で同じ行為を取り入れているのはとても面白い。我々人間は、根底に「罪=洗うべき事柄」という認識を共通して持っているのかもしれない。

これは、古代から続く宗教に限った話ではないと思う。現代でも、清潔感が無い、つまり汚れた人間は清潔感がある人間に比べ、受け入れられにくく悪印象を与えがちだ。
もしかしたら、これは衛生面だけの問題ではなく、「罪=洗うべき事柄」という認識が「洗われていない人=まだ罪がある人」と判断させているからではないだろうか。

総括すると、当たり前の話なのだが、人と接する時はなるべく身だしなみを整えてから会うべきだ、という事を再認識した。

さて、そろそろ俺も風呂で罪と汚れを洗い落としてくるとしよう。
では、また。